言の葉の庭


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新海誠監督の新作「君の名は。」の評判があまりにも良いので、見に行く前に予習をしようと、過去作を次々観ています。

「ほしのこえ」→「彼女と彼女の猫」→「雲のむこう、約束の場所」→「秒速5センチメートル」→「言の葉の庭」という感じですね。

「おいおい、『星を追う子ども』が抜けてんぞ」というお声が聞こえてきそうですが、こちらに関しては劇場公開時に2回観ており、ブルーレイも購入しているという個人的に馴染み深い作品なので、観る前の予習はいいかな~……と思いスルーしてます。

ちなみに「秒速」に関しては2度目の鑑賞です。初めて見た新海作品がコレでした。
そのときの印象としては正直「この監督、苦手かも」と言う感じでして……
たしかに背景はスゴかったし、あの結末には心を抉られたけれども、饒舌かつ自己陶酔的なモノローグが鼻につき「この監督、もしかして」と思い調べてみたらやはりハルキスト……「ノルウェイの森」を読み終わるやいなや「才能はあるけど苦手!」という烙印を村上春樹に押したように、新海誠にも同じことをしたわけです。

とはいえ前述のとおり、「星を追う子ども」にはガッツリハマってしまったわけですけども……でもこの作品に関しては、王道ジュブナイルファンタジー×孤独を抱えた少年少女の喪失と再生の物語。という、個人的に凄まじくツボな部分を刺激されたからであって、いち映画作品として見ると、丁寧に作られている反面、モロにジブリっぽい美術や描写がノイズになっていることも否めなかった。
まあつまり、個人的には大好きなんだけど、人にはオススメしづらい作品だったし、フィルモグラフィの中でも異色作だと思っていたので、監督に対する苦手意識が払拭されるまでには至らなかったわけです。

いつものことながら前置きが長くて申し訳ないです。
本題の「言の葉の庭」、もう結論から言っちゃいますね。

参った。泣いた。

あんな人やこんな人の絶賛を聞きつつも正直なところ半信半疑だった「君の名は」に対しての期待値が今作でハネ上がりました。こりゃー傑作だわ。

新海監督といえばまず、ノスタルジーを刺激する自然描写――背景の美しさが長所として挙げられると思います。
毎回あらゆる風景やガジェットに力が入っていますが、特に、「空」の色使いと「光」の表現は、監督の個性と言ってよい、代替不可能な魅力でしょう。
それらはただ美しいだけでなく、登場人物の心理を代弁するという情景描写にもなっていて、アニメーションとして、映画として、実にまっとうな表現方法をとっているところも素晴らしい。

……しかし、実はこの、誰もが認めざるを得ないだろう美点すらも、個人的にはちょっとモノ申したいところがあって……

ものすごく力を入れて作り上げているのはわかる。
でも「ほしのこえ」のような短編でならともかく「雲のむこう~」のような長編や、「秒速」のような中編(連作短編)のときでさえも、ほぼ全シーンにそういった美麗な背景で来られると、お腹いっぱいになっちゃうわけですよ。
フレアの描き方&使い方とか、J・J・エイブラムスも真っ青だよ!
しかもそこにお馴染みの、悲観的かつ自己陶酔的なモノローグが被さってきて……映像で十分表現できているにもかかわらずそんなことをされると、肉中心(レバー込み)の重いフルコースを食べさせられたうえにデザートはビッグパフェを出されたような気持ちになっちゃう。
何を言っているのかだんだんわからなくなっているのでまとめると、要は映画の語り口として過剰だったんです。
観ている最中「ハイハイわかった。わかったよ」と何度思ったことか……

しかし、今作「言の葉の庭」は違う!
映像の美しさはそのままに……いやむしろ表現力はパワーアップしているんだけども、全編を通して、それらがほどよく抑制されているんです。
そして、それにより、これまでの新海作品に(ありそうで)無かった「静謐さ」が生まれている。

これは、コンセプトとして必然的に雨(曇天)のシチュエーションが多いということもあるでしょうが、自分は風景のバリエーション(表現の引き出し)が増えたという印象を持ちました。
これまでの「空」と「光」の表現に加えて、今回は「木々(緑)」と「水(雨)」の表現も絶品。
オープニングシークエンスでの水とその音使いは、タルコフスキーを思い浮かべてしまうほどのクオリティで、ひとすらうっとり。
そして、抑制されているからこそ、全体の緩急が保たれ、シーンごとのバランス&対比となり、ついに「ここぞ!」という時に必殺の表現が映し出されるときには、破壊力増しましでこちらの心を刺激してくるのです。

それと新海作品て、自然など有機的なモノに力を入れながらも、陰影はモロにデジタルっぽいですよね。
だからか、どこか無機質な部分が混在していて不思議な味わいになっている反面、個人的には浸りきれない部分もあったのですが、今作ではそれも物語上の対比として機能しているように感じられて気になりませんでした。

抑制されているのは映像(絵)だけでなく、モノローグもそうでしたね。これも個人的には大変うれしかった。
編集のテンポも良く、過去作と比べて(舞台立ての地味さにも関わらず)格段に見やすい仕上がりになっている。伏線の張り方も自然で上手い。

ただ……これは本当に無い物ねだりなのですが、これまでの作品とは一線を画す静謐さと映像美を持ち合わせている作品だけに、もうちょっとじっくり見せてほしいシーンがあったのも事実。
それこそ前述のオープニングシークエンスのひとつひとつとか……そりゃタルコフスキーみたいに、水が流れるだけのシーンを一分間映せとは言わないけどさw

ともかくそんな感じで、良い意味で変化(個人的には進化と呼びたい)している今作ですが、監督の作家性――これまでのテーマは踏襲されていると思います。

※以下、終盤の展開に触れています!

新海監督は一貫して(管理人なりの言葉で表現するならば)「隔てられた少年少女」を描いてきたと思うんです。
彼ら彼女らを「隔てる」モノは作品で様々でした。
宇宙、並行世界、物理的な距離、異世界、死……加えて、それらの「距離」に伴う「時間」の壁。
『秒速』の1話目では「スピード(速さ)」も重要な要素になっていました。
(監督は数学で言う『3つの原型』の概念をモチーフにしているのでは?とか勝手に勘ぐっているのですが、どうなんでしょう? やっぱり「光」に関係しているからかな。)

では今作『言の葉の庭』で「二人」を「隔て」ているものは何か?
一見すると何一つ無いように見えます。
二人は同じ場所で、限られた時間を共有し、その空間のリズムに身を任せることで心を通わせていく……
しかし二人は雨の日だけ、その場所でだけしか会うことはない。
会いたいと、一方の心が願っても、雨が降らなければ出会えない。
二人のあいだで自然に決まった不思議なルール……これも一種の「隔たり」と言って良いでしょう。

加えて言うなら、今回は「女の子」ではなく社会に出ている「女性」が相手。
しかも、男の子(孝雄くん)は、女性(雪野さん)の名前や詳しい素性を知らない。
いっぽう女性はある秘密を抱えていて、それを男の子には明かしていない。
心を通わせながらも、二人の間には距離がある。

そんな「隔たり(距離)」を抱えつつも心を通わせられるのは、二人の共通点ゆえ。
孝雄くんは自身の夢によって、雪野さんは社会の理不尽さによって、それぞれの「世界」から逸脱したアウトサイダー同士。
自分の心の中心をすくいあげてくれるのは、あの人だけ。
「愛よりも昔、孤悲の物語」というコピーは伊達じゃない。
雨の日、二人きりの空間を創り出してくれるあの四阿だけが、二人にとって本当の自分になれる「世界」、魂を共鳴させられる楽園なわけです。

今まで生きてきて、いまが一番、幸せかもしれない

この部分だけでも管理人ノックアウトなんですが、さらに良いのは、この二人がとても魅力的なんですよ。
孝雄くんも雪野さんも、年齢相応の迷いと意地を抱えつつ、根はすごく素直で、そのぶん不器用だけど優しい。
そして、それゆえに周囲の「世界」からは逸脱している様が、せつなくていじらしいんです。

そんな二人が、お互いについに本音でぶつかり合うラストシーンはもう筆舌に尽くしがたく、直前の「もうお前ら結婚しろよ」的なシーンも相まって泣いちゃいました。
このラストシーン、物語の表面的な流れだけ、台詞だけでも十分感動的なんですが、それまでの描写の積み重ねと演出も本当に素晴らしいんですよ。

逢瀬を重ねるにつれ、二人が心の深い部分で通じ合い、互いに大切な存在となっていく様が「雨」の描写を通して描かれていく。

そしてついには、

「雷神(なるかみ)の 少し響みて 降らずとも 我は留らむ 妹し留めば」

雨が降らなくても、私はここに留まる。あなたが留めてくれるのなら……

しかし隔絶された「世界」での逢瀬というのはつまり、互いに都合の良い距離感で、相手の醜い部分を知らずにいることでもあります。
人間が、男女がともに歩み生きていくためには、魂だけでなく肉体も受け入れなくてはならない。永遠に雨宿りをすることはできない。

終盤、お互いに素性を知ったうえで、孝雄くんが雪野さんに、ついに想いを伝えたときに返ってきた答えは、二人の「距離」に決定的な溝を刻むものでした。

しかし、部屋を去った孝雄くんを見送ったあと、内から溢れ出る衝動に耐えられずに、雪野さんは部屋を飛び出していく――

……正直に打ち明けると、この部分を観ている最中「このまま雪野さんが孝雄くんに追いついてその胸に飛び込む!それでスパッと終わってフィニシッシュ!それが最高でしょ!」という風に予想&期待していたんです。
だからこの後劇中で、追いついた雪野さんに向かって孝雄くんが逆ギレ風にしゃべりだした時には「あーもうっ、ここまで来て新海の悪いクセが……勘弁してよ!」と思ったんですが……
スンマセン!新海さん!俺、浅かったッス!

まるで、世界の秘密そのものみたいに彼女は見える

この物語は主に孝雄くんの視点で進められてきた。
だからこそ、ここでほとばしる孝雄くんの魂の叫び……15歳の男の子という生々しい肉体を伴った、剥き出しの本音としか言い様のない言葉たちに意表を突かれ、同時に心を震わされました。

そして、その言葉に刺し貫かれたうえで、雪野さんは孝雄くんの胸に飛び込み、彼女もまた剥き出しの本音を叫ぶ。

魂と肉体が解放され、二人の「距離」がゼロになったとき、ついに新海誠の伝家の宝刀「光」が画面を貫き、天気雨を降らせる「空」が画面いっぱいに映し出されます。
黄昏に沈むまえの陽の光――希望を象徴するかのような強い光線に照らされた「雨」は虹を作る。
カメラは孝雄くんの「自作の靴」と雪野さんの「裸足」を映し出し、そして、空を臨む空中へと移動していく……
これまでの描写と物語と監督の作家性が結実する、まさにアニメとして、映画として、これ以上ないほどのクライマックス!
ああもう、書いてるだけで涙が出てきた。

まあちょっと主題歌の入り速いというか、饒舌すぎる感じがしたのは惜しいところですが。

果たしてこの傑作を超える出来なのか……これから「君の名は。」観てきます!
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Author:クロサキ
クロサキといいます。以前はmorganeと名乗っておりました。
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