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神様ゲーム

kamisama.jpg

悪魔(作者)の高笑いが聞こえましたよ

画像は昨年講談社から出た文庫版ですが、もともとは児童向けレーベルにて発表されたミステリーらしいですね。

ワタクシめ、普段は、子供には幼少の時分から地獄を見せたほうが寛容の精神が育つんだよグエヘヘヘとか嘯いている人間なんですが、今作に関してはきっぱり言います、子供に読ませちゃダメ!!

いやぁ、話には聞いていたけど「ひどい」。
これだけ綿密に計算された悪意ある物語はそうそう無いんじゃないだろうか。これが少年少女向けの作品って……

いや、主人公である小学生の男の子の一人称で進む読みやすい文体をはじめとして、「可愛い女の子への片思い」「なぞの転校生」「少年探偵団」という舞台立てやジュブナイル要素で構成されていて、そこからはみ出すことはない作品なので、子供も読める本であることは間違いないんですよ。レーベルの注文にはきちんと応えてはいる。いるんだけど……

でも、本作の「仕掛け」、これは完全に大人向けだろー……

この場合の「大人向け」とは、一定量のミステリー作品を鑑賞しているような玄人こそが唸ってしまいそうなミステリ的な技巧のことでもあるし、もっと言えば、あまりにも確信犯的に込められた悪意に対しての言葉でもあります。

※以下、決定的なネタバレはしていませんが、テーマ的になことにも触れているので未読の方は注意。
  今作、ページ数も少ないし文庫も出てるしで、安く早く読めます。ぜひとも本編をお先に。

とはいえ、ミステリ的な技巧に関しては、自分のようなリテラシーの無い人間が語るよりも、ネットで検索していただいたほうが速いしタメになると思うので、ここでは省きますが、個人的には、映画監督の大林宣彦さんがライムスター宇多丸さんとの対談で、

アーティストの仕事っていうのは壊すってことでしょう? つまり、いかなるものにも似ないものを作るってことが自分であるということ。僕は自分をアーティストだと思っている。そうすると、どの映画にも似ないものを作るってことが、僕の仕事。」(要約)

と、語っていたのを思い出しました。
一つのジャンルの中で確立されているセオリーやフォーマットをなぞるのではなく、その間隙や境界線を手探りしながら、自分の作品(オリジナル)を作り上げていく……現存の作家ならば、大なり小なり行っていることではあるのでしょう。
本作はミステリというジャンルの中で、その境界線を見極め、そのギリギリのところを攻めた上で、鮮やかに成功している。作品としての様々なバランスを保ったまま――つまり傑作と称すべき逸品だと思う。
けど、だからこそ、読書(ミステリ小説)経験の乏しい子供にはオススメできないとも言えるんじゃないだろうか――

繰り返すけれども、本作は明確な悪意によって彩られている。
なまじ感性の鋭い子供が本作を読んでしまったら、欝やトラウマを超えて、自殺すら考えてしまうんじゃないだろうか。そんなことを思ってしまったほど、本作はエグい。

なんというのか、一般的な「子供向けの作品」がソフトである理由、優しい世界を描く理由って、色々あるとは思うんですけど、突き詰めればそれって「希望を持ってほしいから」だと思うんですよ。
「きみが生まれたこの世界、これから歩む人生を肯定的に捉えてほしいんだ」という願い。
多くの作品はそれをもとに作られていると思うし、親御さんもそのつもりで子供にそれらの作品を見せる。と、思う。

本作が凶悪であるのは、それでもって子供が読んじゃダメだと思うのは、描写や展開がショッキングであるというだけでは単になく、本来子供が持つべきであろう「希望」や「可能性」すらも根こそぎ奪いかねない力を秘めているから。

主人公の芳雄くんは、ふとしたきっかけで、自らを神様と名乗る転校生、鈴木太郎とゲームをすることになる。
鈴木くんが本当に神様なのか否かを証明するゲーム……

作中に「神様」が登場する作品はいくつかあるけれど、その場合だいたいは適度にボカされているか、ある程度は人間のために存在しているものとして描かれていたと思う。
要は抽象化されているか、ヒューマニズムの枠からははみ出さない存在として描かれていた。
厳密な意味で全知全能の神が、人間と直接対話する物語って、意外となかったと思う。

対して、本作における神様、鈴木くんは相当「ガチ」な神様だ。
便宜的に人間の形をとってこそいるけど、本当は全知全能の存在だから人間を特別扱いなんてしないし、口から出てくる言葉はことごとく散文的。
ああそうだよね。この世に神様と呼べる存在が本当にいて、人間の言葉を喋るのなら、こんなヤツなんだろうなぁ。そう思えるくらいにリアルな神様。
でも、そのくせ「退屈」するだけの自我は持っている。
そんな存在が、いたいけな小学生の男の子と交流をするわけですよ。
で、聞かれたら、寿命なんかをさらっと教えたりしちゃう。
これって、作中の事件を抜きにしても、ものすごく恐ろしいことだと思いますよ。

鈴木くんは神様だからなんでも知っている。近所で起こっている猫殺しの犯人も。
だけどすべては教えてくれない。神様は嘘はつかないけど、退屈してて意地悪だから。

神様が教えてくれる「真実」をもとに、主人公の芳雄くんは、事件を解き明かしていく。
けれど事態は思っても見ない方向に進んでいって――

自分の周りでもよく勘違いしている人がいるけれど、論理的思考が万能だというのは、全くの幻想だ。
人間は動物だから、自らの五感で得た情報で世界を見るしか術がない。そうして得た実像も、主観によって歪められる。
これは、同じく万能だと信じられがちな、科(化)学に関してもそうじゃないだろうか。
人間は決して事実にはたどり着けない……と言うより、たどり着いたことを証明することができない(「悪魔の証明」ってヤツですね)。だから、それぞれの真実をかき集め、客観的な視点で分析し、真理にたどり着こうとする。そうやってあがく。
だけど世のミステリ小説、わけても、いわゆる本格推理小説では、名探偵が推理によって事件の真相を解き明かしてみせる。
そこに「間違い」は基本的に存在しない。それはその物語を俯瞰・管理することのできる神のごとき存在――作者が「名探偵」というキャラクターに特別な力を託しているから。

本作はそういった構造をひねって、読者に提示して見せている。
つまり、神の力を「名探偵」に部分的に仮託するのではなく、「神様」そのものを登場させて、幼い探偵を導かせているわけだ。

今作は前述のとおり、芳雄くんの一人称で書かれている。読者も彼の主観を頼りに、論理的に事件を追っていく。
度重なる不幸(ホントに不幸)にもメゲずに、鈴木くんの言葉をヒントにしながら、できる限り論理的に、真相にたどり着こうとする。
物語における小学生にはありがちなことに、大人の読者とタメがはれるほどの頭脳と根気でもって、ある真実にたどり着く。
とても残酷な真実。受け止めるにはあまりにも重すぎる結末。
事件を解明した芳雄くんは、悲壮なる覚悟を持って、その終結に望む。
そして――

いやもうね、このオチには久々にぶったまげましたよ。
思わず声が上がっちゃったし、心の中では「えー!? うそ…なんで? だって……えー!?」の連続w

ありのままの事実――世界におけるただ一つの真実を前にして、人間の論理的思考がいかに脆弱なものなのかを、改めて思い知らされた気分です。

主人公の信じる論理(良心)と悲壮な決意をよそに、世界がより残酷な真実が浮かび上がらせるというラストは、映画版の「ミスト」を思い出したりもしました。

もちろん、物語の外側に身を置く読者としては「神様」である鈴木くんを疑ってかかることも許されているわけなんですが……
ただ恐ろしいのは「ありえない!」と、驚愕したあとに部分部分の描写を読み返してみると、実に絶妙なバランスで記述されてたりして、つくづく抜け目がない。
……しかもどのみち、芳雄くんにとっては……
作者の麻耶雄嵩さん、小説家としては誠実だけど、相当な人でなしだと思うw

それにしても、自分わりと動物好きな方なんですが、この表紙は怖いよ!……キングの「クージョ」と並ぶかも。

作品としての欠点は、個人的には(憎らしいことに)とくに見当たらないけど、あえて言うなら、世界観が書割くさくて、ジュブナイル要素が記号的だったとは思う。意図的だとは思いますけど。
少年時代特有のキラキラした情景がもうちょっと叙情的に書き込まれていたら、より登場人部たちに感情移入にできて……って、そうなったらそうなったで、終盤の展開を読むのが更にキツくなってしまいますが。
あと、小学四年生にしては頭が良すぎるという点に突っ込むのは無粋としても、いっぽうで、戦隊もののTシャツを見せびらかしてしかもそれが羨ましがられるのって、低学年までじゃね?とかも思ったり。
まあ、その戦隊もののネーミングがまたトンでもないのですけどw

と、いうわけで、子供にはおすすめしませんが、この世の酸いも甘いも噛み分けた大人は読むべき傑作ミステリだと思います。是非!!

ただひとつだけはっきりしていることがある。それはこれが神様の天誅の結果であり、神様は間違えないということ。
たとえどんなに信じられなくても、そこにはただ真実のみがあるはずだ。
ただ真実のみが……


芳雄くん……



※ 以下は、いわゆる「作品」への考察とは全く別次元の戯言です。こっからはネタバレしています。
   未読の人は絶対に読まないでください!!

本作で明かされる二人の犯人。考えようによっては可哀想だよなぁ。とも思ったりもしました。
例えばですよ、いくら世間的には変態的な逢瀬であっても二人は本当に心の底から愛し合っていたかもしれないじゃないですか。
もちろん、口封じに英樹くんを殺したのは許されないことだけど、実際のところ他に選択肢はなかったわけだし。
現場を再度訪れたミチルちゃんが怯えている描写も、たんに演技ではなかったとしたら……とか。
お母さんだって、芳雄くんを大切に思っていた気持ち自体は嘘じゃないと思うし。
まあいずれにせよ、芳雄くんは気の毒としか言いようがないんですけど。

それと、共犯者が鈴木くんの言うとおりにお母さんだとすると、不可解なのは、どうやって英樹くんを着替えさせたのか――つまり、どうやって井戸から持ち上げたのか。ということ。
井戸の蓋に隠れられたということは、各所の記述にあるとおりお母さんは子供並みに背が低いんだろう。
そんな人が、深さはそんなにないとは言え、井戸から自分とほぼ同じ体格の子供を持ち上げるという荒技を、あの短時間でやれるのか?
実際、中学生並みの体格である孝志が「おれたちの力じゃ無理だ」と言っていたわけだし。
プラス、屋敷の中で犯人と共犯者が性交をしていたのなら、指紋や髪の毛などの物証もたっぷり残っているはず。まあこれは容疑者の対象にならなければそもそも問題ないのかもしれない。

でもこれ↑にしたって、たぶん作者の掌の上のことで。
つまり、どんなに合理的な推理であっても、神様が告げる厳然たる「真実」の前にはまったくの無意味。という話ですから。

あー恐ろしい……、こんなとき映画「悪の法則」におけるマルキナ(キャメロン・ディアス)の名台詞が蘇ります。

真実に温度などない
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Author:クロサキ
クロサキといいます。以前はmorganeと名乗っておりました。
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