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レビュー

鬼束ちひろ『Castle・imitation』の歌詞をドラクォと絡めてなんとか考察しようとする記事

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鬼束ちひろ

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鬼束ちひろさんのライブ「HOTEL MURDERESS OF ARIZONA ACOUSTIC SHOW」の東京公演が五日後に迫りました。
つい先日、名古屋と神戸での公演が終わりましたが・・・「ちーちゃんはまた眠れぬ夜を過ごしているのだろうか」と馴れ馴れしく身を案じておる今日この頃です。
天賦の才を持つ者の例に漏れず、浮き沈みの激しいお方でもあるので、正直不安もありますが、心から楽しみにしております。
んで、今日はですね、鬼束さんの数ある名曲の中でも個人的にはトップクラスに好きな「Castle・imitation」の歌詞をですね、無謀にも考察(みたいなこと)しようかなー・・・なんて。

以下、語彙の貧弱さと読解力の低さを妄想力でカバー・・・もといベタベタ塗りたくっている駄文が続きます。 この曲、聴いたことのある人には解ると思いますが、歌詞が難解・・・というより意味が解らないようで解るというか、でも解らないというか・・・(どっちだよ)、彼女の作品の中でも自動筆記的な雰囲気が強く、印象的な言葉を羅列しただけなんじゃないかと思ってしまうことがあります。

しかし『Castle・imitation』といえば、カプコンの人気RPGシリーズの五作目であり、PS2の悲運の傑作『ブレスオブファイアⅤ ドラゴンクォーター』の主題歌でもあります。


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「世界に従うか、自分に従うか」
(ワゴンゲーという偏見でプレイしていないゲーマーのアナタ。人生損してますよ)

本作のストーリーをご存知の方ならば、歌詞の中のフレーズや単語のそこここに、ゲーム本編とリンクする箇所を感じられるかと思います。

ちなみに、『ドラクォ』のストーリーを、すげー簡単に誤解を恐れずに説明すると、厳しく統制された地下世界に住む半分おちこぼれの少年が、たった一人の女の子を救うために「空」を目指すべく「世界」にケンカを売る刃向かうSFアクション(バイオレンス)なボーイミーツガールRPGです。
(できれば詳しくはwikipediaの「世界観」と「あらすじ」の項を参照のこと。)

・・・でもぶっちゃけ、ちーちゃんがタイアップ元に合わせて曲作りをする姿というのは浮かばないなぁ(彼女のシンガーソングライターとしての才能を疑うわけではもちろんなく)。ゲームだってやらなそうだし、いったいどういう経緯で・・・と思いきや

http://www.capcom.co.jp/dq/diary/diary09.html
(公式サイトの中の制作日誌のページ。一番下の池原さんの記事に言及あり。トップから入ればわかりますが、ページの作りが凝ってるんだ、これが。)

こちらを読むに、きちんと発注があって書いたみたいです。
作品について、どこまで聞かされていたかは不明ですが・・・
ちなみに鬼束さん本人曰く、この曲のテーマは「時計の秒針の音。古い時計、だが針はしっかり動いているイメージ」・・・・だそう。
うーん、またどうとでも取れそうな(^^ゞ

まぁ前置きはいい加減に、考察に入りましょー
歌詞に関して、本記事で引用をしつつの考察となると、かなりの文量を掲載することになるので、こちらを参照お願いします

goo 歌詞
もしくは脳内再生で。

以下、当記事の考察もこちらのサイト様の改行を参考しつつ、引用はできるだけ部分的にして進めていきます。
それと、文脈(コンテクスト)を二重三重に解釈できる本作の歌詞の性質上、基本的に本記事では、上述『ドラクォ』のストーリーや作品中の要素に則って、書いていこうと思っています。そこはどうぞご容赦を。


まず、最初の二行。
世間的な「正義」の影で、傷つき虐げられる人達というのは、個人の行為・多数のための為政、それがどんな体制の下に行われるものであっても、状況や環境問わず、必ずいるもの。
川の水質でそこに住む生き物が変わるように、誰かにとって気持ちの良いこと・好きなものは、他の誰かにとっては気持ちの悪い・嫌いなものだったりする。
例えば「食べ物の好き嫌いは失くしましょう」という「正論」や「決まり(掟)」は、海産物がほとんど食べられない管理人にとっては「有害な正しさ」になりうる・・・
(我ながらなんちゅーテキトーな例え(^^ゞ)。
でも「正しさ」(「正義」「正論」もしくは「多数派」と言い換えてもいいですが)というのは、基本的に、それだけで無条件に強い。
そしてそれに属する方が(例えそれに同意できなくも)長いものには巻かれるほうが、圧倒的に楽だ。
多数派にとって不都合な「臭いモノ」に、その派閥の中の誰かがフタをして、皆で口をぬぐって、何事もなかったかのように暮らす。その中でお互いを責め合うことはない。自分の目にも映らずに済む。
なにも自らの心の中の憂鬱をわざわざ取り除こうとせずとも、暮らしていける。
(なので個人的に「燃え盛る祈りの家」っていうのは、社会で言うとマイノリティ側の人たちの心の拠りどころ、もしくはその人たち自身が虐げられているっていうことの比喩だと思っていたのだけど、
Yahoo知恵袋
こちらにもある通り、「祈り」や「依存」が「燃え盛っている」という見方もできるわけで・・・まぁ今この場では置いとこう。)


三行目
しかし、それで心の安らぎまで得られるのかどうかは人それぞれだ。
安らげない人たちは、「愛」や「善意」という名の自らの中のもう一つ「正義」によって、周りの「正義」と反目し合い、心の中に小さな腫瘍(端的に言うなら「やましさ」や「後悔」)を作る。疑惑と確信の中でその腫瘍は「脈を早め」ていく。
そして、その腫瘍は愛の指揮(自分にとっての「正義」や「良心」。または誰かに対する「愛情」)に「荒々」しく責め立てられ、自らの「旋律」(自律神経)を辱められる。
コントロールを失った自分の身体と心は、自分を疑い始め、時には糾弾し、挙句には自分を見失いそうになる。


四~五行目。
「焼け野原」というのは、心の中での散々葛藤した(戦った)後の心象風景だと解釈する。意見で対立する誰かと議論を続けていくうちに、いくつかの疑問点がスッキリして、問題や物事の根本がだんだん見えてくるように。
人間は、ときに迷い、時に傷つき、行くべき道を探していく、しかし選択の時は否応なしにやってくる。
自らを迷わせる見通しの悪い森の木立が消えた中で、自分一人が起こせる行動はそんなに多くはない。しかし選択のカードは確かに散らばっている。
「それでも貴方の脳はケースの中に」入ったまま、思考停止のまま、自己としての決断など何一つせずに、長いものに巻かれていくのか。
「世界に従うか、自分に従うか」。
どちらでもいい、それは自分が決めることだ。


六行目(1サビ)
迷い、選択をし、苦難の果てに問題が解決し、悩みが解消された、どんなに満たされた日々の中でも、心臓は鼓動を打ち続け、日々は生命の年月を奪っていく。苛烈なエネルギー(怒り)をだんだん吸い取っていく。
そして、その時々でどんなに素晴らしい答えを掴んだと思っても、人生の中で見ればそれは束の間の時・・・「僅かな覚醒」でしかなく、生き続ける限り新たな問いはまた直ぐ目の前にあり、一度掴んだ答えも、時に簡単に揺らぎ、逃げ出してしまう。
それでも人生が続く限り、人間は、また迷い、また答えを探していく。心臓から押し出される静脈の刻に、腫瘍は膨れ上がる。
人生とは、ひとつの答え(悟り)を見つける瞬間・個人的な至福の瞬間、そんな刹那的な快感を繰り返していく「僅かな覚醒を看取る日々」なのかもしれない。
(※月の光を浴びながら ~鬼束ちひろの世界~ こちらのサイト様を参考に、歌詞中の「ヴィーナス」は、愛と美の女神(Venus)ではなく「静脈の(venous)」で解釈しています)


七・八行目(1サビ)
そんな果てしない「覚醒を看取る日々」(人生)を楽しみ受け入れる(愛する)ことは、なかなかできるものじゃない。
どんなに自分に正直に生きていても(荒々しい愛の指揮に自分の旋律が辱められなくても)、誰かを愛し愛されることで、他者との情愛が自らの人生に絡めば、その激しさに、価値観や守るべきものは、ときに、いとも簡単に移り変わる。
自らの正義、自らを制御している旋律・神経を見失ってしまう。
それでも、
生きて 生きて 生きて 生きて 生きて 生きて


九行目
自分が汚名を被ることで、底辺に落ち、それで限界を超えていけるのなら(成すべきことを為せるのなら)、何度だって、みっともなく泥を纏って抗ってやろう。
(自分の目的の果たすためならば、大事なものなんていくつだって切り捨てるし、どんな手でも使う。心も体も醜くなってやろう。という、ネガティブな解釈もできる)


十行目
自分にとって都合の良いもの(綺麗なもの)以外すべてを、中途半端な割り切りで見て見ぬフリ(不完全な瞬き)をして、日々をやり過ごそうとするくらいなら、いっそのこと眼など捨ててしまおう。


十一行目
「常識」という名の、居心地の良い生温い風(「南風」)が、いつだって自分を平穏に、思考停止に押しやろうとする。前に進むための勇気を奪ってしまう。


十二行目
入り組んだ巣穴のような社会に順応し暮らしている人たちが、いつだって自分を息苦しくさせる。


十三~十四行目
鏡を見ればもう一人の自分がいる。安全な場所に逃げ込もうとする自分と、真実を見据えようとするもう一人の自分。
向き合い、行動を起こさなければ、「確信」はどんどん遠ざかっていく。
「それでも貴方の脳はケースの中に?」


十六行目
どんな毎日を送ろうとも、日々は過ぎゆき、焦りさえも奪っていく。


十六~十九行目(2サビ)
自分の進んでいく道に、どんな真実や答えが待っているのかはわからない。
大切な人(貴方)が肯定しくれた(似合うと言ってくれた)、自分が前に進む意思・自分の望みを実現しようとする「抗い」の意志(ドレス)さえも、簡単に(布を裂くように)引き裂いてしまうほどの「答え」(真実)と他者の「正義」(神経)に時に出会い、自分が揺さぶられ、自らにとっての「正義」(神経)を見失ってしまいそうになる。
それでも、ただ、
生きて 生きて 生きて 生きて 生きて 生きて


二十~二十一行目
闇の広がる迷いの洞窟を抜け、開放感のある「開けた」場所、空と海が広がる浜辺へたどり着き、今度は更に「海を開けて」、未知なる世界へ向けて踏み出す。
そんな時、二度と、振り向かないように。
例えそれが新たな闇へ続く道でも、もう、後ろなど振り向かないように。


(※六~八行目・十六~十八行目の繰り返し)
心臓は鼓動を打ち続け、人は老い、「怒り」と「焦り」を吸い上げられていく。
「覚醒を看取る日々」は果てしなく続き、「あなたが似合うといったこの抗いのドレスを裂く程の答えと正義のナーヴァス」に出会い続ける。
けれど、迷いも答えも、生きていてこそ。
傷つき、迷い、泥を纏い続けていても、それが、自分が見据えた道ならば、前に進み続けることでいつかは闇を抜け、青空の広がる海へ出ることができるかもしれない。
それが何度目の迷いでも、何度目の闇の中でも。
だから、生きて 生きて 生きて



『ドラクォ』作中の要素に置き換えていくのなら。、
最初の二行は、
「D値」という、生まれながらの優劣によって、その後の人生のほぼ全てが社会によって管理され決定されてしまう、あの、徹底管理された地下世界を象徴していると思う。
これが「Castle・imitation」=「紛い物の城」を示しているのかもしれない。
こういうのってSFだと、似たような設定がわりとあると思うのですが・・・映画だと『ガタカ』とか。

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三~八行目は、
「D値」が全てを決める地下社会の中で、その「D値」の低い主人公リュウが、政府のある機関の中で実験動物として生み育てられた少女、ニーナを助けたいと思った真っ直ぐな気持ちを行動に移すことで生まれる葛藤と苦難。
また、「腫瘍」や「吸い上げるヴィーナス」「正義のナーヴァス」という言葉は、作中での「D-ダイブ(竜変身)」に対する、未知の強大な力への不安、そしてその力に侵食されていく恐怖を嫌でも思い起こさせる。
「僅かな覚醒を看取る日々」は歴代のクォーターのことか?


九~十行目は、
政府・・・作中の言葉で言えば「管理者(メンバー)」達に牙を剥くことは、地上が瘴気に汚染され長年地下世界で暮らしてきたリュウ達にとって、まさに「世界」に逆らうことに等しい行為で、ニーナを助けるということは、かつて所属していた組織の仲間や同僚たちと戦わねばならず、更に、「世界」がひた隠しにしてきた「闇」とも対峙させられることになる。
「泥を纏い」ときには「眼を捨て」ながら進んでいかねばならない。

十一~十五行目は、
上述に解釈に加え、「乱れに住み着く鼠達」というのは、まさに作中の、地下世界で生きている人間たちやその他の生物に当て嵌る言葉。
リュウたちは、それらの者達に道を阻まれる。更に作中では、地下世界も大気汚染が進んでいるので、まさに「肺を蝕まれる」。


十六~十九行目、
ニーナという一人女の子のために世界に刃向かうことで、その「世界」に隠された真実を否応なしに知っていくリュウ達もまた、「貴方が似合うと言ったこの抗いのドレスを裂く程の答えと正義のナーヴァス」というフレーズに当て嵌る。

二十~二十一行目、
ニーナを救えない「世界に従」わず、ニーナを救うために「自分に従った」リュウ。
彼の「空」を目指すという意志、たとえその先に新たな闇が待っていようとも、「後悔しない」という決意が感じ取れる。
(ちなみに、作中のBGMで『There is no Regret(後悔はない)』という曲もあります。)

ヘンな慰めなどなく、ただ力強く「生きて」と何度も歌うのが、彼女らしくて素晴らしい。


この『Castle・imitation』が流れるエンディングは本当に素晴らしいので、この曲を好きな方は是非ともゲームをプレイして欲しい。
それが難しい方は某動画サイ(ry

長々と書いてきて何なのですが、私、詞の考察ってすごく苦手なので、今作の歌詞に関して、もしくは本記事に関してご意見のある方がおりましたら、是非ともコメントをくださいm(_ _)m
(ここまでで初めて気づいたのですけど、歌詞中の「私」と「貴方」の関係性を見ると、なんだか闘病生活を送っている恋人同士にも見えてくる気がしなくもない。)

ではでは。
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レビュー

この記事へのコメント

- プリズム - 2012年10月05日 12:39:32

この歌、とてもいいなーと思って、検索していてこちらにたどり着きました。
私も、一応ザックリと考察してみました。
この歌は、本物と模倣の違い、対比をヴィーナスとナーヴァスという形で、一種神がかり的に訴えているように思えました。
歌詞で、愛と美に関して否定的とも思える以下の部分、
(愛)
・荒らしい愛の旋律が私の指揮を辱める
・愛して激しさで見失う
(美)
・完全な醜さで自分を超えて行けるなら何度でも泥を纏おう
・綺麗なもの以外すべてを消すのならこの眼を捨てよう
これは、ナーヴァス=神経的、感情的部分によるものであり、愛と美の女神であるヴィーナスは、それに対して
(愛)
・私の怒りを吸い上げる
・私の焦りを吸い上げる
(美)
・あなたが似合うと言ったこの抗いのドレス
このように、怒り、焦りと言った、神経的な部分を昇華させ、ドレス=社会的な美を象徴するものに対して抗いを示す個性とも言える部分を似合う=美として肯定している。
つまり、ナーヴァスの部分での荒々しさ、激しさ、綺麗なもの以外全てを消すという愛と美の価値観を、ヴィーナスの部分で、それが本当の愛や美なのか、あなたがそう思っているものは、実はナーヴァスとヴィーナスが良く似た響きであるように、ただ本物っぽく模倣されたものではないか、と問いかけている気がします。
それを自分で考えないという事は、燃え盛る祈りの家=依存で、それによって残されるのは憂鬱=ナーヴァスと焼け野原になった世界である。けれど、そこにはまだ選択のカードが散らばっていて、だから、それでもあなたの脳はケースの中に?と問いかけている。このケースの中=タイトルの、模倣の城ではないかと。
この模倣の城に居続けることは、鬼塚さんが、何度も生きてと繰り返す程、実は過酷なことであると。

以上、考察とも言えませんが、一応考えてみました。
これからも、色々な解説楽しみにしています。

Re: タイトルなし - morgane - 2012年10月24日 03:48:00

プリズムさん、はじめまして!
ご来訪ありがとうございます。
せっかくコメントをいただいたのに、返事が遅れてしまい大変申し訳ありません。

そうですね。鬼束さんは、歌詞を見る限り、価値や基準といった概念や定義に対する見方がわりとドライというか、多面的な視点を持ってらっしゃる方だと感じることが多いので(こちらのサイトでも考察されていますが(http://www.todkm.com/2009/12/post-bc87.html))、プリズムさんが書いてくださった考察にも非常に考えさせられるものがありました。
そういった点から、この歌詞をもう一度考え直してみよう。と思ったのですが、タイアップ作品(ブレスオブファイア)に対する個人的な思い入れが強すぎてちょっとうまくいかない状態です(笑)

返事が遅れてしまい重ね重ね申し訳ありません。
こんな管理人のこんなブログですが、また遊びに来てくだされば嬉しいです。

- nao - 2013年06月11日 02:39:19

愛する男の教会での結婚式に、愛する男の褒めてくれた服を着て出席する
女性の歌。賛美歌が私を辱める。
ケースに入った結婚指輪を選ぶ男を見ている女性。
愛の神ヴィーナスははどこに。

- くたくたぴか - 2014年02月18日 01:34:28

最近ロックマンXコマンドミッションを購入しました、
私は5も4以前も好きだったので同スタッフの最後の子孫を
見届けない手はないと思ったので、
xシリーズもこのスタッフになってから復活したらしいのですが
もちろん私もいくらファンといっても歴代ブレスに不満がないわけではありません
しかしブレスは明らかに会社からも不遇に扱われており(クロスオーバーへの出演の少なさps1時代は一貫してcd1枚のボリュームのなさ等)
低予算なのが素人目にもわかります
むしろこれだけ待遇が悪くてもけっして手抜きをせずふつうに遊べるものを作る
スタッフに感服します。

- クロサキ - 2014年02月25日 01:38:46

はじめまして。コメントありがとうございます。
承認が遅れて申し訳ありませんでした。

コメントをいただくまで、恥ずかしながら全く意識をしていなかったのですが、ブレスの3と4ってPSでディスク一枚なんですよね。あのクオリティにも関わらず・・・改めてスタッフの力量に驚愕しました。

最近はゲームが全くできておらず『コマンドミッション』も『PROJECT X ZONE』もプレイできていないのですが、近い内に絶対にプレイするつもりですので、その時にはまた遊びに来ていただけたら嬉しいです。

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プロフィール

クロサキ

Author:クロサキ
クロサキといいます。以前はmorganeと名乗っておりました。
なんてこたーない自堕落な日常を綴っています。
どうぞお気軽に閲覧、コメントなど。

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