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天気の子

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 魂を揺さぶられるような感動と、どうしても肌に合わない嫌悪感とで、もどかしい思い。

※終盤の展開に触れています。

 新海誠が一貫して「ボーイミーツガール」「セカイ系」の物語を紡いできたことは論を俟たない。この二つは、古典的なジュブナイルにも含まれるものであり、昨今の日本のエンタメの中では王道といえるジャンルである。

 けれど『君の名は。』以前の新海誠は、お世辞にも万人向けの作家ではなかった。
 内省的なモノローグの多用と、心象風景とはいえ過剰な背景の描き込み……etc. それらからなる作品群は「浸れる人にはたまらない」けれど「合わらない人にはとことん合わない」という、どちらかといえばカルト的なものとして受け入れられていたと思う。
 そして、そういった要素は、作品ごと、年数を経るごとに、細部や濃度こそ変わっても、変節することはなかった。

 『君の名は。』を観たとき「これが新海誠の集大成であり到達点だ」と、驚きとともに感じ入った。作家性はそのままに、驚くほど見やすい「万人向け」の作品に仕上がっていたからだ。
 それまでの作品との違いは、物語の構成と語り口が挙げられる。
 以前の作品において物語の語り口やテンポは、登場人物の内面によりそう形で展開されていた。
 しかし『君の名は。』では、登場人物の内面と少し距離を置き「ミステリ的な仕掛けのある構成」を「軽快なテンポ」で語ることによって映像作品としての勢いを獲得し、観客の興味を引っ張ることに成功していたように思う。
 実際のところ、そういった兆候は『星を追う子ども』や『言の葉の庭』で見られていたのだが、誰もが認める形で結実したのが『君の名は。』だった。

 語り口に勢いがつき、登場人物の性格も比較的さわやかになったことで、旧来のファンからは不評を買っていたようだが、作家性の芯の部分や強みを失わず、内実ともにあそこまでのヒットにこぎつけたのだから、次作も当然、『君の名は。』の作りを踏襲したものになるだろうと思っていた。
今作……『天気の子』の予告を見てもその予想は揺らがなかった。

 しかし、実際に見てみてぶったまげた。
 新海誠の到達点は『君の名は。』ではなく、この『天気の子』だ。

 今作での「ボーイミーツガール」と「セカイ系」は、ほとんど狂気の域にまで達している。国民的なヒットとなった『君の名は。』をこういった形で踏まえるとは、完全に予想外だった。

 「セカイ系」とは本来、若者向けのものである。
 まだ何者でもない「自分」が、他者や社会との軋轢にあえぎ、自意識の悲鳴に苦しみ葛藤する。けれども実は、その苦悩こそが「世界」の秘密と命運に直結していた……そんな物語に、最も深く感情移入できるのは誰なのか。言うまでもないだろう。
(もちろん、そこに年齢を問わない普遍性を見出すことはできるし、大人にとってはノスタルジーを刺激するものでもあるから、確固たるジャンルとして成立しているのだと思うけれども)

 しかし、裏を返せばそれは「青臭く」て「傲慢」な物語でもある。
 世界も社会も、実際は「自分」と関係なく回っている。人は誰しも世界や社会にコミットしているのは事実だが、実際のところ一個人が占めるのは蚊ほどの領域でしかない。
 そういう風に、己の身の程を知り、自らを客観視し、社会における役割を選択することによって、人は「大人」になる……
 作中、須賀が帆高に言ったことはこういったことだったのだと思う。
 何度も言及されている通り、須賀と帆高は似ている存在……つまり、アウトローである男の過去と未来だ。
 エピローグを見るに、須賀は娘のため、とりあえずはアウトローを脱し「ちゃんとした大人」になることに成功したらしい。
 そんな須賀が「過去」である帆高に「うぬぼれんじゃねぇ」と叱責し「世界はもともと狂っているんだから」と諭す。これは罵倒でなく「未来」から「過去」への、「大人」から「子供」への、思いやりと慰めだろう。
 更に言うならこの台詞は、ジャンルへの自己言及でもある。「セカイ系」へのアンチテーゼを監督自らが作中でぶつけているわけだ。
 しかし帆高は、そんな慰めを、「大人」からの思いやりに満ちた正論を、受け入れなかった。なぜなのだろう? 
 それはおそらく、それを全面的に受け入れてしまったら、自分の選択が、陽菜への疾走が、陽菜への思いが、二人で変えた「セカイ」が、「世界」や「社会」に取り込まれてしまう。と感じたからではないだろうか?

 帆高はなぜ家出をしたのか。その理由は明確には語られない。けれど『ライ麦畑でつかまえて』を持参していることや、劇中の台詞「神様、お願いです。これ以上僕たちに何も足さず、僕たちから何も引かないでください」という台詞などから、彼の価値観や葛藤は伝わってくる。
(ただ、不勉強で恥ずかしいのですが、筆者は『ライ麦畑』未読です。おぼろげな所しか知らずに書いてます)

 帆高たちが辿り着いたあの結末は、いわば「開き直ったセカイ系」といえる。
 それは決して「正しい」ものではない。
 けれど、「人柱なんかクソ食らえだ! 俺は世界よりも、お前のほうが大切なんだ!」(意訳)と愛する人を救いだし、空中で手を繋ぎ合う帆高の、二人のその姿に、筆者は魂が震えるような感動を味わった。
 もちろんこれは、「なんだかんだいってもいくつになっても『ボーイミーツガール』や『セカイ系』が好き」という個人的なツボをダイレクトに突かれたから。ということもある。 
 けれども実際のところ、人間が感じる「美」、すなわち芸術における「美」というものは、倫理や道徳を超えたところに存在するもの……更に言えば、それらを超えたところに提示されるからこそ、感動的なものではないのだろうか。
 もちろんこういった価値観は新海誠作品の専売特許ではない。けれど、あの国民的なヒットを飛ばした前作の次に、しかもその前作を踏まえたうえで、今作のような作品を放つ監督の蛮勇……そこに筆者は、今作における主人公の姿を重ねてしまうのだ。
 マーケティング思考で安牌な作品を作る事もできただろうに……それこそ「大人」に染まることもできただろうに……それをしなかった新海監督に、筆者は心からの喝采を送りたい。アンタ漢だよ!!
 これは、『君の名は。』があったから、そして『君の名は。』への批判があったからこそ生まれた結末であり、感動であると思う。
 
 まあ、センチメンタルな部分が過剰になっている。という点では過去作に逆行してしまった感はある。
けれど、終盤ヒートアップしていく帆高の叫びや疾走を「お前なに言ってんの?/アイツなにやってんの?」と、客観的な視点でたびたび見つめ直すショットやキャラクターを挿入する作りはクレバーで、意外とスキがない。

 とはいえ、個人的にどうしても肌に合わなかった部分があり、素直に感動できず、もどかしい思いをしている。

 言っちゃなんだが、今作には欠点も多い。
 話の無茶っぷりは『君の名は。』も同様だが、あちらは劇的な構成とテンポのいい語り口にすることによって、矛盾や突っ込みどころをその勢いで相殺していた(と、思う)。
 対して今作。小刻みにユーモアを交えていくシーンごとの小気味よさは『君の名は。』と同様だが、構成にトリックがなく語り口もほぼ一人称になったことによって、どうしても前作よりはテンポが遅くなり、エンタメとしてのポテンシャルは落ちている。
 単純にテンポが遅い≒作品としてダレている。と言う気はないが、前作や前々作に比べると、明らかにスムーズさとスマートさに欠けていると思う。そしてそれにより、不要な独白や説明台詞、あからさまな(それでいて詳細や全容は解らない)設定説明の会話が目立ってしまい、結果として突飛な展開の連続になってしまっていた。
(記憶に頼っているので一字一句正確というわけではないけれど、以下、問題点に関して具体的なところを列挙していく)
 バスでの「うわー小学生なのにモテモテ?」。事務所前での「このチャイム壊れてるよな?」。このあたりはどれも説明台詞にあたる。これら台詞を指すところの意味は画面を見ていれば伝わることだし、キャラクターの言動として不自然だ(その場の感情による『自然』な言動ではなく、観客を意識した『説明』のための言動になっている)。同様の意味で『天気って不思議だ。こんなに~』みたいな独白も不要。
 設定説明に当たるのが、須賀と夏実によるおじいちゃんへの取材の部分である。もちろんそういったシーンを設けること自体は、何ら問題はない。けれど作中の設定というのは段々と明かしていくものであって、1つのシーンに集約してしまうと作り手の作為性が際立ってしまうものだと思う。
しかも今作の場合、超常現象に対してのSF的な論理の構築や理屈付けがほとんどなく「そういうものなんだ」という提示の仕方をしていたので、余計に気になった。
(この点、作中の現象に理屈付けを行っていた前作とは対照的)

 とはいえこれらは、狂気の域に達したボーイミーツガール&セカイ系にはマッチしている要素とも捉えられるので、個人的には、大きな欠点ではない。

 個人的にどうしても拒否感を覚えてしまったのが、挿入歌の存在である。
『君の名は。』のクライマックスでもほとほとウンザリした部分であり、今作の鑑賞前に一番懸念していた部分だったのだが……抑制されるどころかパワーアップしていて心底ゲンナリした。
 
 いや、曲は悪くないと思う。むしろ曲自体は良いと思う。けれど、驚異的なアニメーションとクドめのモノローグにより全編に渡って十分すぎるほど饒舌なこの映像作品(新海誠作品)に、その上から更に直接的な歌詞でドカーン!とミュージカルばりミュージックビデオばりに歌を流されると、厚塗りの上に不要なベタ塗りをされたようで、とにかくクドくてうるさいのだ。
 いやもう、ほんとにもう、カンベンして!

 自分のようなド素人(それも教養のないバカ)がこういうことを言うのはおこがましいが、なぜ、これだけのアニメーションを統率する力量をもちながら、映像(画面)を信じきることができないのだろう?

 この点さえなければ、個人的にはオールタイムベスト級の大傑作だっただけに、本当に惜しいし、もどかしい。
 
 というわけで、採点は★1です。
 
 監督、ブルーレイ買いますんで、別バージョン出してください!w

 ※
 余談だが、主人公の男女が何の「隔たり」もなく交流してるのって、新海監督の作品では初めてじゃなかろうか。これまでは時間だったり距離だったり異世界だったりの、何らかの隔たりがあったはず。ちょっと興味深い。
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Author:クロサキ
以前はmorganeと名乗っていた惰弱。
なんてこたーない自堕落な日常を綴っています。
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